STORY
ブレンドストーリー
“真摯なコーヒー”と“誠実なコーヒー”
店主高橋とブレンド開発を語る「ブレンドストーリー」。お相手はアートディレクター、川上 シュンさん。ご自身で運営されているコーヒースタンドでのブレンド開発を、北浜ポート焙煎所が担当させていただきました。今回はその、川上さんの事務所と隣あわせの「artless craft tea & coffee」にお邪魔しての対談です。
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artless Inc. / 代表・アートディレクター
川上 シュン
1977年、東京都深川生まれ。ブランディング・エージェンシー“artless Inc.”代表。活動領域は企業のブランド・アイデンティティやストラテジーの構築から、アートやデザイン、デジタルエクスペリエンスの表現まで、多方面にわたり、権威あるアワードも多数受賞。現在はオフィスに隣接するコーヒースタンド「artless craft tea & coffee」も運営している。 artless Inc.についてはこちらから。
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北浜ポート焙煎所 / 店主・運営統括
高橋 勇気
1980年、大阪府堺市生まれ。店主・運営統括として、2016年12月より「北浜ポート焙煎所」を立ち上げる。焙煎は独学のため、コーヒー業界の常識には捉われない視点で「コーヒー豆を求める方とじっくり話し合って、提案する」をモットーとする。その他、カフェ開業学校の講師や、カフェの立ち上げにも多数関わる。
「スタッフも心地よい息抜きに」
コーヒーとの向きあい方
まずは、お二人について聞かせてください。川上さんはアートディレクターでありながら、コーヒー&ティースタンド「artless craft tea & coffee」を運営されていますよね。
川上 シュンさん(以下、川上):そうですね。まずは日々の仕事からお話しすると、“artless Inc.”の代表として活動しています。ブランディング・エージェンシーと銘打っていますが、グラフィックからWeb、サイン、建築、インテリア、ファッションなど細部までトータルに思考する集団です。日本にとどまらず海外案件も多いため、スタッフも多国籍で、トリリンガルもいます。
高橋 勇気(以下、高橋):いろいろな考え方があると、苦労もありそうですね。
川上:いえいえ、むしろいろいろな考え方が必要だったりします。僕はブランディングにおいて、多角的であることを大切にしています。多角というのはさまざまな事業を経営するという意味ではなくて、あらゆる視点、経験、知識を持つことが「ブランディング」という目に見えるようで見えない人間の知覚に作用するものを形成するのに有効だと考えているから。「artless craft tea & coffee」はそのひとつですね。自分たちで設計し、運営するという実験場的な側面も持っています。仕事場と隣接しているので、事務所にいるときはいつでも美味しいコーヒーを飲むことができて、スタッフも心地よい息抜きにもなってますね。
そういえば、「北浜ポート焙煎所」はどうやって生まれたんですか?
高橋:もともとは、別の場所で小さな焙煎所をしていました。その時はカフェなどの卸売りが中心で、お客様と直に接することが少なかったのが心残りでした。お客様の声をコーヒー豆に反映したいと考えて、接客しながら焙煎できる焙煎機を導入して、店舗を新しく構えて「北浜ポート焙煎所」をスタートさせたんです。
川上:伺ったことあるんですけど、コンパクトで距離感が近くて、とても魅力的なお店ですよね。コーヒーと同様に、店づくりにも丁寧に向き合っていることが伝わってきたのを覚えてます。
高橋:ありがとうございます。注文されてから、その場で焙煎できる焙煎機なので、生の豆の状態から焙煎・お渡しまで、すべての工程を見ていただきながら、できるだけ好みに合った豆を選び、焙煎の方法も要望に応じて変えるようにしていますね。
出会いについて、お互いどんな印象でしたか?
川上:真面目で誠実だよね。コーヒーに出ていると思う。
高橋:照れますね(笑)。ありがとうございます。出会いについてですよね。
川上:「いい焙煎所があるよ」という友人の紹介で、試しにオーダーしてみたら、最初から数種類の提案をしてくれて。それから数回やりとりさせてもらって、要望や好みに合わせてブレンドをつくろうという熱意を感じて「一緒に」という気持ちになったのがきっかけですかね。
高橋:川上さんは、すごく穏やかでありながらマイペースで、自分をしっかりと持たれている印象でした。コーヒーの話になった時に、ありきたりのコーヒーの知識でなく、ご自身の持つ世界観に、コーヒーという存在をしっかりと落とし込まれているなあと。コーヒーを淹れるツールから、提供する場の雰囲気など、細部までのこだわりを感じました。
川上:嬉しいですね。やっぱり想いのあるプロフェッショナルとはいい仕事ができそうだなと。その時直感しました。
高橋:そもそもコーヒーに興味を持たれたのは、どういうところからなんですか?
川上:妻がソムリエであることもあって、お酒が持つフィロソフィーやテロワール(=土壌)、個性というものに興味があったんです。コーヒーは、同じく物語をもつ飲み物。思いを持った人たちが関わって、輪郭が立ち現れてくる。そう思っていろいろ飲んでみると、それぞれに個性があり深い世界だということがわかって。もともと興味を持ったものは突き詰めたくなるたちで、コーヒーの世界にどっぷり浸かるのに時間はかからなかったですね。
さっきの話もそうだけど、高橋さんはお客さんとの距離が近いコーヒーを目指しているよね。
高橋:そうですね。コーヒーを難しいものだと思っている人が多いのかなと思っていまして。「自分で豆を選んで、淹れる」ということの敷居を下げるのが、僕の目標だと思っています。そのために、お客様それぞれのライフスタイルに合った淹れ方、コーヒー豆の提案をしていきたいなと思っています。
うちのコーヒー豆を使っていただいているお店さんに対しては、お店自体の世界観構築の助けになればと思いますし、まったくコーヒーのノウハウがないお店さんでも、無理のない形で、コーヒーにこだわってもらうお手伝いをしたいんですよね。
川上:いいね。誠実なコーヒーですね。
「個性的で幅広く愛される豆を」
ブレンド開発へのこだわり
北浜ポート焙煎所へブレンドの依頼をされましたよね。きっかけと経緯について聞かせてください。
川上:「artless Inc.」も同じですけど「artless craft tea & coffee」もオンリーワン、他の店にはない場所、ものをつくることからプロジェクトがはじまっています。ビジネス的な儲けを考えず、自分たちにとってよいと思う場所をつくろうとはじめたのが、当初のきっかけですね。事務所スタッフの憩いの場でもあるので、コーヒー豆選びについても、どんなコーヒーを飲みたいか、提供したいかが最重要で、まずはそこを相談しました。
高橋:実際にお邪魔して「artless craft tea & coffee」としての店構えや、メニュー構成などから、非常にこだわりのあるお店だということはすぐに分かりましたので、それに相応しいブレンドを作ることができるのかと、身が引き締まる想いでした。
オーダーは「個性豊かでありながら幅広い層に好まれる、エスプレッソにもドリップにも対応できる豆」のような形でしたよね。
川上:そうそう。もともと個人的な好みは、シングルオリジン(=生産国ではなく、農場単位で1銘柄としたコーヒー)で、豆の個性を引き出す浅煎り、そしてスムースなドリップ。そういったことを伝えながら、毎朝飲みたくなるような軽さや、コーヒーの生まれや過程で育まれる個性を生かしつつ、ミルクやエスプレッソにしても美味しく飲めるバランスのとれたブレンドをお任せしてみた、という流れでしたね。はじめは、戸惑った?
高橋:そんな豆見つかるのかな、というのが純粋に不安でした(笑)。川上さんは、従来の日本のコーヒーによくある、豆の特徴が薄まってしまう深煎りを好まれないとお聞きしていたので、「個性を持つ生豆」を探すことからスタートしました。そしてとにかく、豆という豆を焼きました。
川上:へえ、そんなに。
高橋:その豆には向いていないと言われている焙煎度合いも試したことで、気づいていなかった豆本来のポテンシャルを発見することができました。そうして、特徴がもっとも出るポイントと、それが飲みやすく落ち着くポイントとのバランスを探っていったんです。
完成した豆、導入してみての発見や気づきはありましたか?
川上:シングルオリジンのハンドドリップは好評で、今はそれを目指して来てくれる人も多いですよ。ブレンドやミルク、エスプレッソメニューにも対応できるようになったことで、お連れ様やもう少し幅広い好みのお客様にも寄り添えるようになったしね。とにかく「artless craft tea & coffee」の考える「豆の個性ありき」の部分が感じられるので、いずれにしても他にはないコーヒーになっていると思います。
高橋:よかったです。時間はかかりましたが、ある程度考えたら行動してみる、のがよい結果を生んだんだと思います。複雑さを持ちながらも、非常に甘く香ばしい香りと、心地よい酸味が共存した、親しみのあるよいブレンドになりました。
川上:立ち上げの時はビジネス的な観点はそこまでなかったけども、高橋さんとのやりとりの中で結果、「artless craft tea & coffee」の想いとコスト的な落とし所との「最大公約数」的な、いいコーヒーを扱えるようになりましたね。
高橋:これまでは、カフェ開業予定の方や、自店のコーヒーの味に納得をしていない方へのブレンド提案が主だったので、「artless craft tea & coffee」さんのように、すでにできあがった世界観に対してブレンドを作るということに、最初は少し戸惑いもありましたが、これまでの自分のブレンドにはない、新しい感覚のコーヒーを作り出せたのではないかと思っています。
「オンリーワン」と「パーソナリティ」との交わり
美味しいコーヒーを求めるには
コーヒーには、どんなことが大切だと思われますか?
川上:クオリティとオリジナリティですね。コーヒーだけに限りませんが、オンリーワンであること、それに真摯に向き合うことだと思います。
高橋:川上さんのお仕事をお手伝いさせていただいた時も、それを強く感じました。
川上:そうそう。最近では、ホテルのラウンジやコーヒースタンドのプロデュース案件にも携わっていて、これまでも「北浜ポート焙煎所」のコーヒー豆の採用実績があって。そのホテルごとにブレンドを少し変えてもらうなどの細かなオーダーにも応えてもらっていて、それが宿泊者のみならず、ホテルの周辺の地元の人にも好評だと聞いています。高橋さんは?何を大切にしているの?
高橋:僕は、会話とトライ・アンド・エラーですかね。
川上:高橋さんらしいね(笑)。
高橋:(笑)。「コーヒーはこういうもの」「こう楽しむべき」といった押し付けを僕が好まないので、その人その人に合った楽しみ方をアドバイスするところだと思います。どんなに初歩的な質問であっても、逆にこちらが勉強になることも多く、ありがたいと思っていますので、遠慮なくなんでも聞いてほしいと思っています。豆を売る場所というよりは、相談所のようにありたいですね。
トライ・アンド・エラーで言うと、コーヒーに関する知識は、本やネットは参考にしますが、試せることは絶対に自ら実験してみます。自分の五感で感じ、納得した知識でないと、お客様に自信を持って説明できないと思いますから。
川上:丁寧でいいですね。コーヒーの知識が豊富なのでエキスパートであることは当然ながら、何より高橋さんの人柄がいいというのが大きいよね。「コーヒーは好きだけれど、もっとディープなところも知りたい」とか、「怖くない人がいい」というエントリー的な方にもご紹介したいです。これで大丈夫?
高橋:と、いうことなのでぜひお願いします(笑)。
最後に、これからカフェを開く方、美味しいコーヒーを探している方にお伝えすることはありますか?
川上:よくないコーヒー屋が増えるのは、個人的には嫌だと思っています。コーヒーのよさは、そのものだけにとどまらず、コーヒーの風味から立地、テーブル、椅子のマテリアル、カラーリング、温度にいたるまで、さまざまな要素から形づくられるもの。理想を追求しすぎるとはっきり言って儲からないんですけど、自分がいいと思うこと、こだわりを持ったカフェやコーヒースタンドをつくってほしいなと思います。
高橋: 職業柄、カフェ開業を志す人と接する機会は多いです。カフェでのコーヒーは、料理やスイーツの引き立て役に回ることも多いですが、最後の一口はコーヒーで終わることが多いので、いい加減なコーヒーを出してしまうとよい印象が残らなくなります。そのぐらい大切なことなので、自信を持って提供できる一杯を模索してほしいなと思います。
美味しいコーヒーを求めている方は、焙煎を担当している人の考えがしっかり見える店で豆を探すことをおすすめします。
川上:まさに「北浜ポート」はそういうお店だと思いますよ。こちらの要望を聞き取り、それに応えてくれるフレキシブルさ。それを実現してくれるのは、高橋さんの知識と経験はもちろん、誠実な努力のおかげと思いますね。
高橋:そう言っていただけると嬉しいです。プロのバリスタから、コーヒーに詳しくない地域の方まで、幅広く利用していただけていて、人を選ばない店ではあります。店主やスタッフは、お客様との会話を楽しみにしていますので、せっかくならコーヒーの質問をどんどんしたい方に特におすすめです。
川上:今後も、核の部分はそのままに、ニーズや時代、地域の特性や変化とともに進化する「北浜ポート焙煎所」であってほしいですね。
お客様に、用意していらっしゃるともっといいよ、ってことはないの?
高橋:あえていうなら、時間に余裕を持って来ていただきたいな、と思います(笑)。
川上:コーヒーは会話からだもんね。